阿部定事件



現在の薬師あいロードの一角に、
事件の舞台になった鰻料理屋がありました。


◆今も語り継がれる”阿部定事件”
 
   昭和11年、現在の「薬師あいロード商店街」の一角に、「吉田屋」という鰻料理屋がありました。 ある日この店に、30歳を少し越えた細面の女性がやって来て、女中として住み込みで働くことになりました。しかし、色男で遊び人だった店の主人は、さっそくこの女中に手を出し、それから関係は次第にエスカレート、そしてついには従業員や妻の知るところとなりました。

  二人は店を出て、待合(現在のラブホテル・ファッションホテル)を転々と泊まり歩いて情交に耽りました。 最後に利用した荒川区の待合「満佐喜」では、1週間ほど部屋にこもった後、女がひとりで出てきて、「ちょっと菓子を買ってきます。(男が)寝ているので起こさないで」と言い残したきり帰ってきませんでした。不信に思った待合の女中が部屋を開けると、「
定吉二人きり」と血で描かれたシーツの上に、局部をすっぱり切り取られた男の死体が残されてました・・ 

  女の名前は「安部定」。定は翌々日、品川の旅館に泊まっていたところを、男の肌着と局部、それに肉切り包丁を所持していたことからあっけなく逮捕。 後の事情聴取では、「私はあの人が好きでたまらず自分で独占したいと思い、殺してしまえば外の女が指一本触れなくなりますから殺してしまった〜 今度私がやった程度の事を思う女は、世間にあるに違いないのです。ただ、しないだけだと思います」と語ってます。

  日本中を震撼させた男と女の事件が、中野の、それも新井の商店街の店が舞台だったということに今さらながら驚きます。 「局部を切り取られて殺された男って、まさか吉田屋さんのご主人?」 「う、うそでしょう!!」「あの女中が・・」 当時ご近所に住んでた方は、大事件がこんな下町の身近で起こったことに、さぞかし驚かれたことでしょう!

注)
定吉二人きり阿部定が、自分の頭文字「定」と男の頭文字「吉」を並べて書いたもの。
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<吉田屋跡>
中野区新井
1-22



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